夜行(著:森見登美彦)

【夜行のあらすじ】
久々に再会を果たす学生時代の仲間たち。主人公が呼びかけ集まった場所は、10年前『長谷川さん』が失踪した京都の鞍馬である。それぞれが語る旅の思い出には一つ共通点があった。岸田道夫の銅版画『夜行』。この連作に隠された秘密と長谷川さん失踪の真実は。結末は読者次第、難解で心躍る物語。
今回は『夜行』のネタバレ感想をお送りいたします。

……読んだけど。何が何だかさっぱりだよ。

解釈は無限大。人それぞれの『夜行』があります。
私も『夜行』を読み終えて、頭は『???』状態でした。
点と点がうまく繋がらず、まるで田舎の無人駅のように孤立してしまっていました。
2晩ほどかけて結びつけ、ようやくその答えを形にしましたので、物語の結論(主人公の夜は明けたのか)に触れながら感想を綴ります。
あなたの『夜行』の一部になれたら嬉しいです。
【今回の記事の概要】
・『夜行』ネタバレ感想
・夜行の物語に関する私の持論
・好きなシーン抜粋。
【自論】夜行を考えてみる

【結論】大橋(主人公)は岸田の銅版画の世界から脱し、朝を迎えた。
この物語を読み解くために、公式からも10の疑問が用意されています。
これを紐解くとある解釈に辿り着くと書いてあったのですが……
正直わからん(笑)
ただ私なりに物語を見返して、まとめてみました。
①この物語は大橋・長谷川・岸田の3軸で語ること。
夜行では大橋くんの友人によって様々な旅が語られましたが、問題はそこじゃない気がします。
あくまでも銅版画の世界に迷っているのは大橋くんと長谷川さん。
そのため公式から出されている10の疑問は一度スルーしています。
全ては10年前の鞍馬でのこと。
岸田の思考の具現化が『夜行』と『曙光』であるのなら二人はここで分岐したと言えます。
長谷川さんに再会し『曙光』と出会った岸田が大橋の世界から長谷川さんを略奪した。
・大橋⇒岸田の『夜行』の世界へ(明けない夜の旅)
・長谷川⇒岸田の『曙光』の世界へ
・岸田⇒長谷川さんがいて大橋がいない世界へ
岸田の思考の中に長谷川さんと再会できた世界とできなかった世界。つまり『夜行』と『曙光』という二つのパラレルワールドが生まれました。
そこに巻き込まれてしまった二人は互いがいない世界で10年の時を過ごすことになる。
48篇の夜行と曙光互いに対を成す存在がそれを証明しているのではないでしょうか。
主に大橋くんがいる世界では『夜行』の絵がのっぺらぼうになっている。つまり長谷川さんが別世界へ移動しているから。対して長谷川さんがいる世界では『曙光』として彼女の絵が48篇紡がれる。
また、その他の登場キャラに目を向けるなら、それぞれが長谷川さんと対をなし、行方不明になっているとも考えられるかもしれません。
なぜなら『全員が長谷川さんが好き』だったから。これが恋愛的な意味であるかないかは分かりませんが、全く同じ会話が2度も繰り返されているんです。『全員が長谷川さんを好きだった』ことが何か重要な意味を持つのなら、これでしかない気がします。
こう考えるなら、それぞれの旅路で起こった悲劇は『長谷川さんがいない不都合』のひと言で片付けることができる。
②2度目の鞍馬。大橋くんはここで『曙光』の世界へ移動する。
そして二つの世界で別々に過ごした大橋くんと長谷川さん。
10年後、『夜行』の世界にいた大橋くんが鞍馬を訪れ『曙光』の世界へ移動する。
ここで大橋くんは、こっちの世界では自分が行方不明だったことを知る。それはつまり長谷川と世界を違えていたことを悟ったのです。
『曙光』の世界では長谷川さんが岸田と結婚し幸せに暮らしている。長谷川さんと大橋くんは現実にいないのだけど、長谷川さんは満足している。
長谷川さんが満足しているのなら、大橋くんが入る隙は無い。
そして最後、とうとう現実の世界に戻ったのです。
・大橋くん⇒夜行・曙光の世界⇒現実へ帰る(10年振り)
・長谷川さん⇒曙光の世界⇒現実へは戻らない
=大橋くんはもう会えないことを悟る。
つまり『夜行』だろうと『曙光』だろうと、岸田の銅版画の世界に巻き込まれていたとしたら最後は夜明け。銅版画の世界=夜行列車だとしたら、それを下車した大橋くんに大きな寂しさがこみ上げるのは当たり前のこと。
ここから私が伝えたい考察は、現実の世界では長谷川さんと大橋くん二人が行方不明になっていたのではないかということです。
作中好きなシーンなど

ここでは考察を抜きに思いのままに。
私が一番好きなのは『天竜峡』飯田線での話です。
飯田線に乗ったことがある方は分かると思いますが、深い山間・広大な天竜川に沿って走る最高のローカル線。
ここを女子高校生が旅している異端感とここを通学に利用している日常感が重なり合っている点が私の心に刺さりました。
日常であり非日常でもある。ただ乗る距離を延ばす。延びていくほどに女子高生の纏う寂しさが文面からひしひしと伝わってくる。
私がこの場面に乗り合わせたらと考えると、車窓の大自然の背景に溶け込む女子高生に惚れちゃうんじゃないですかね。
うん、確実に惚れてしまう。
私はよく長野や静岡の奥地を旅するために飯田線に乗っているのですが、やっぱりいるんですよね。ここを通学に利用する女子高生。ここは男子高校生でもいいですけど。
私は基本都内で暮らしていた人間なので、私にとっての非日常が日常であることへの疑問というのが、旅の醍醐味でもあったわけです。
些細な疑問を考えていたあの頃の旅路を思い出し、私はエモくなってしまったのです。
こういう気持ちを抱えながら旅をしている人はたくさんいるでしょう。
私の場合は『天竜峡』でも他の人たちにとっては違う列車が心に刺さっていると思います。
『このように車窓の景色を眺めるとき、自分の目に映る景色の一つ一つに言葉を投げかけてごらんなさい。常日頃はぼんやりと眺めているだけの景色を、ありったけの言葉を尽くして説明してみようとするんです。肝心なことは自分を追い詰めること。もはやなんの言葉も出てこなくなるまで、ひたすら風景のために言葉を尽くす。そんなことを続けていると、やがて頭の芯が疲れきって、ついにはなんの言葉も出てこなくなる。目の前を流れていく風景に言葉が追い付かない。そのとき、ふいに風景の側から、今まで気づきもしなかった何かがフッと心に飛び込んでくる。私が『見る』というのは、つまりそういうことなんですよ』【p.168より引用】
飯田線の坊主もどきの言葉です。
私はこの言葉が凄く好き。
旅の寂しさとか感じ方の解像度が高すぎて、考察抜きに楽しかったエピソードです。
終わりに

夜行
【夜行まとめ】
・大橋くんと長谷川さんは岸田の思考=二つの銅版画に閉じ込められる。
・帰ってこれたのは大橋くんだけ。そして朝焼けを迎える。
・銅版画の世界こそ夜行列車そのものであり、寂しさ詰まる物語である。
旅の寂しさ。10年の謎。とにかく頭を使った小説でした。
とにかく逃げず感想を読むのを辞めていたので、見当違いだったら許してください。
今回はここまで。ありがとうございました。
【関連記事:夜行に登場した小説感想】
コメント