【命は等価か】勿忘草の咲く町で(著:夏川草介)ネタバレ感~小説感想メモ㉙~

ー読書感想文ー

勿忘草の咲く町で(著:夏川草介)

勿忘草の咲く町で
勿忘草の咲く町で

【あらすじ】緑豊かな長野県松本市で看護師をしている美琴は、研修医である桂と出会う。一見すると風変わりな桂だが、患者と向き合う姿はどこまでも真っすぐだった。死に際の老人が毎日のように運ばれてくるこの病院で、二人は命の価値と向き合い成長していく。現役医師が描く地域医療×老人医療のリアル。

今回は『勿忘草の咲く町で』ネタバレ感想です。

著者の夏川草介先生の代表作:神様のカルテを読まずして先にこっちを読んでしまいました。聞くところによると、似たような設定で描かれる二つの作品ですが、今回の『勿忘草の咲く町で』では、高齢者医療に主眼を置いているようです。

花や山に囲まれ穏やかな日常と、日々患者に向き合う姿の緩急が凄まじい今作ですが、読み通してみて、命の価値について頭を悩ませることになりました。

今回はそんな『勿忘草の咲く町で』の感想をネタバレありで綴ります。


北条なすの

二次元が住処のガチ体育会上がりオタク。仕事しながらアニメ聖地の現地情報や小説の感想を綴っています。【実績:ゆるキャン△聖地(静岡西部)完全制覇・マケイン聖地完全制覇等】他にも貧乏旅行スキル、城郭、登山、温泉の記事を更新中。

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【今回の記事の概要】
『勿忘草の咲く町で』ネタバレ感想
~高齢者医療のリアル~
~命の価値~
~総合点数~


高齢者医療のリアル

医者たち

本作を描く夏川草介先生は現役医師であり、実際に信州大学医学部を卒業している先生だそうです。医者と作家の二刀流の凄さは一旦置いておいて、医療のリアルな描写については、流石は現役医師だと思いました。

本作のキーマンである『死神』こと谷崎先生も、桂先生に向かっておっしゃっていました。

『若い医者が見るべき現場じゃない』

そう、読者である私たちにも中々ハードな世界だったと思います。介護同然の高齢者医療。正直それに毎日向き合っている看護師や医者に畏敬の念を抱きました。ご飯もまともに食べれない、言葉も話せない。排尿もできない人で溢れている世界なんて、医療に携わって内々私たちには想像もできない世界です。私は嫌悪感さえ抱いてしまいました。

特に驚いたのは‘‘胃ろう‘‘という医療技術ですね。口から食べれなくても、井に直接栄養を送ることで生きながらえてしまう。寿命が延びているだとか医療が進歩しているだとか、これまでたくさん耳にしてきましたが、実際の医療技術に触れることで『そこまでして生きる必要があるのか』という問題を考えてしまうのは必然と言えるでしょう。

そしてこれが現実でも起こっているという事実。

上っ面だけなら、寿命が延びているというのは良いことなのかもしれませんが、いざ現場を見てしまうと、‘‘良いこと‘‘とは決して言えないと思いました。夏川草介先生が実際に見て感じて来た世界が筆に乗ることで、医療の臨場感が文章にのしかかっている。この重みに耐えながら、命について考えるまでが本作の楽しみ方と言えるでしょう。

美琴×桂の恋愛模様は、少々強引なところもありましたが、花を通して結ばれる二人は本作の癒し。花と自然に彩られる風景描写にも温かみがあり、同僚との絡みなどのコミカルなシーンもありましたので、スラスラと読み進めることができました。


人の命は等しいものなのか

等しい?

‘‘生きている‘‘とはどういう状態を指すのでしょうか。

食べれなくても、話せなくても、それは生きていると言えるのか。実際に谷崎先生や桂先生の動向を追っていると、どちらの言い分も分かってしまうのです。そしてそれを背負って仕事をしなければならない医師。命を選別しないといけないと考えると、本当に大変な職業だなと思いました。仕事に忙殺されるよりも、答えの出ない命への問いを一生抱えることになるのが、なんとも大変な仕事です。

作中でも触れていましたが、この世には死に向き合わない人が大勢いるのです。見て見ぬふりをして、命の重さを背負わずして誰かを看取る。それが一般人。

【p.313より抜粋】死に無関心な人々が突然、身近な人の死に直面すれば当然の如く混乱する。……全て押し付けて見て見ぬふりをする。……ただ死というものに無知であるだけなのだ。そういう無知な人に対してどのように医師は接するべきか。これは難しい問題なのだ。

そして、悩み続けるのが医師の仕事なのだと結論付けました。ですが、これは医師だけが向き合うべき問いなのか。私は違うと思いました。高齢化社会である現代では、医師だけの問題ではなく、我々一般人もこの問いと向き合う必要があるでしょう。

花が咲く姿はとても美しいですが、花が散る姿もまた美しい。そういう花のような選択ができる世の中であってほしいと私は思います。『生存権』と『死ぬ権利』は同時に語られるべきではないでしょうか。きっと現実の地域医療も逼迫していて、崩壊寸前です。廃人だけが増えていくこの世の中、それは誰のための延命治療なのでしょう。作中では、桂がカタクリになぞらえて話していましたが、根が切れてしまった状態なら看取るべきである。私も同じように思いました。

命の価値に差があるとするのなら、それはきっと主観で判断してはいけないもの。


終わりに

勿忘草の咲く町で
勿忘草の咲く町で

勿忘草の咲く町で4.5

実は今年度読んだ本の中でもトップレベルに面白かったです。

投げかけられた問いは、きっと医師たちの叫び。『死』について、私たちが少しでも医師と一緒に悩むことができたなら、社会はきっと良い方向に進んで行くでしょう。

積読本になっている『神様のカルテ』も早く読もうと思います。

今回はここまで。ありがとうございました。

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