空をつかむまで(著:関口尚)

【空をつかむまであらすじ】
海辺の美里村に暮らす優太は、色々な葛藤を抱える中学3年生。大好きなサッカーでの挫折を経て、暗い日々を送っていた。そんなある日、合併を控えた村の名前を残すため、形だけ在籍していた水泳部の同級生‘‘モー次郎‘‘と‘‘姫‘‘とともトライアスロン大会に参加することとなり、互いにぶつかり合いながら日々練習を重ねていく。友情、恋、挫折、成長……思春期の葛藤と郷愁を呼び起こす長編ノスタルジック小説。
今回は『空をつかむまで』のネタバレ感想です。
‘‘あの頃‘‘を経験した人は、是非一読して欲しい作品でした。甘くてほろ苦い青春の味を呼び起こす、まるでチョコレートのように味わい深い。それはきっと、暑さにやられた溶けかけのチョコレート。真夏の海で繰り広げられる人間模様に胸を焦がしてしまいました。
また、本作『空をつかむまで』はただのノスタルジック小説ではありません。クライマックスに向けた登場人物の成長と伏線回収も美しい、物語として評価できる作品でもありました。
今回はそんな『空をつかむまで』をネタバレ有りで語ります。
【今回の記事の概要】
・空をつかむまでネタバレ感想。
・主人公の心理描写
・ノスタルジーが染みわたるストーリー
・総合点評価
★主人公の心理描写と成長

私が一番良かったと感じたのは、中学生主人公‘‘優太‘‘の心理描写です。
小学生でもなく高校生でもない。大人としての第一歩を踏み出そうとしている、あるいは踏み出した中学生だからこその繊細な想いが、私の胸の奥深くまで染み渡りました。
例えば……
セックス。恥ずかしくてしゃべることなんて一生できそうにない言葉だ。……僕は置いていかれる。子供のままなのだ。……別に僕は子供のままでいい。けれども、同い年のつまり同世代のみんながセックスをして大人になっていくことに、何とも言えないさびしさを感じた。きっとぼくらは欲望を満たすことを覚えるかわりに、いろんなものを見失っていくんじゃないだろうか【p.84~85より抜粋】
まさに中学生らしい葛藤。真っ暗なベールの向こう側、恐怖と好奇心が混ざり合った中学男児らしいこの文章に共感。私なんて未だに恐怖さえ感じている世界なのですが、あの頃は確かに怖かった。今思えば怖いに決まっているよなと、あの頃の自分を懐かしんでいました。
性欲の発露って、人生にたった一度だけの物凄い経験だと思います。三大欲求の残り二つは、物心ついたときから備えているのに、ある日を境に沸々と湧き上がる知らない感情。その感情に名前を付けてくれたのは常に他人だったから、そこに自分が自分でなくなるような恐怖が生まれる。きっと中学男児なら一度は交わしたことがあるだろう会話
『セックスって知ってる?』
その一言に胸が締め付けられる。きっとこの時に感じる寂しさは、女と男は全く別の生き物であるということを無意識の内に悟ってしまうから生まれるもの。はっきりと境界線が引かれてしまう日に、私たちはまた一つ大人になっていくのです。
階段を登り切ったそこのあなた! 何か見失っているものがあるんじゃないか?
優太の問いかけに対し、『ない』と断言できる大人がどの程度いるでしょうか。きっとそんな人はいない、だからこそ私たちはそのギャップにノスタルジーを感じて、後悔を肴に酒を酌み交わす。それはそれで楽しいのかもしれない。
……という感じで、主にヒロインの美月ちゃんに対する優太の想いに私は共感しっぱなし。美月ちゃんのために走ることを決めた優太は、結果その先で過去の自分を乗り越えるきっかけを掴み取りました。どんな理由であれ、強い気持ちを持って何かに飛び込んでみる。私たち大人は何かをすることに対し、真っ当な理由(言い訳)を探してしまいますが、動機なんてものはこのぐらい単純でいいのかもしれない。
歳を取るほど初めては減ってしまうから、私もとにかく我武者羅に挑戦したいと思いました。例えそれが不純な動機であっても。
ノスタルジーが染みわたるストーリー

中学生らしい言動や葛藤、真夏の海で繰り広げられる青春に思わず目を閉じてしまうかもしれませんが、ノスタルジーのカーテンに隠れて物語もクオリティが高いと感じました。
細かな伏線回収を経て、トライアスロン大会から感動の卒業式へ。
トライアスロン大会からは一気に走り切った印象ですが、それでも目に涙を浮かばせながら読んでいました。不器用なモー次郎。こういう立ち位置のキャラってどこにもいるよなと思いながら読んでいましたから、トライアスロン大会で人気を得た彼を見て、私は嬉しく思っていたんです。空気が読めないとか少し変わり者で人が寄ってこないとか、そういうのあるじゃないですか。今大人になった私たちなら、『そういう奴なんだ』って割り切って面白おかしく関わり合えるのかもしれませんが、徐々にみんなが同じ‘‘普通‘‘という価値観を持ち始める中学生の時期に、こういうキャラって煙たがられてしまいますからね。
ベタだけど評価を変えたモー次郎を私は応援していたのです。だけど、耳が聞こえなくなって最終的にはビターエンド。優太も結果だけで言えば失恋です。そういう苦い思い出も青春の一ページだよなと思いながら私は本を閉じました。
歌が上手なモー次郎・元々右耳が聞こえないモー次郎・夏の大三角形に誓った約束等の伏線を上手く回収し、物語としても読んでいて非常に楽しかったです。
友情には、大人の歪みを跳ねのけるだけの力がある。過去の自分にはこう言いたい。一緒に過ごした友人は今一生の友達だから、と。
そして今の自分にはこう言いたい。もっと高く手を伸ばせ。いくつ歳を取っても同じ青空が広がっているだろう。大人になっても大人の歪みは重くのしかかってくるものだから忘れないで、と。
終わりに

空をつかむまで
【空をつかむまでまとめ】
・本作は、等身大の就学生が織りなすノスタルジック小説。
・強い気持ちのままに挑戦し続けること。
・大人の歪みを跳ねのける強さを、いつまでも。
本作を通してノスタルジーに包まれながら、また前向きに生きようと思えました。
今回はここまで。ありがとうございました。
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