三島の描くラブコメディ:夏子の大冒険


「あたくし修道院へ入る」
芸術家志望の若者も、大学の助手も、社長の御曹司も、誰一人夏子を満足させるだけの情熱を持っていなかった。若者たちの退屈さに愛想をつかし、函館の修道院に入ると言い出した夏子。嘆き悲しむ家族を尻目に涼しい顔だったが、函館に向かう列車の中で見知らぬ青年・毅の目に情熱的な輝きを見つけ、一転、彼について行こうと決める。魅力的なわがまま娘が北海道に展開する、奇想天外な冒険物語!文字の読みやすい新装版で登場【夏子の大冒険あらすじより引用】
今回は三島由紀夫の長編小説「夏子の大冒険」をネタバレありで語っていきます。最初と最後だけ読めば、何とも意志の硬い少女なのだろうと思ってしまいますが……。お転婆お嬢様の夏子は、一体どんな運命を辿ったのでしょうか。読者側も夏子の破天荒ぶりに振り回されたことでしょう。ただの冒険譚では終わらせない、三島の遊び心を存分に楽しみました。

それでは行ってみましょう。
【この記事で分かること】
・夏子の大冒険概要
・夏子の大冒険ネタバレ感想
①夏子の変化と物語の着地

やはり「夏子の大冒険」で一番の見所は、最後のどんでん返しなのではないでしょうか。
今は冷静に感想を綴っている私ですが、読み終えたときは、人前で大爆笑してしまいました。大団円で終えたクマ退治。夏子も毅も結婚にまっしぐらのはず。松浦のおばちゃま方にも認めてもらい、普通だったらこのまま結婚エンドだったでしょう。

「あたくし修道院へ入る」
結局こうなるのは、夏子ちゃんらしいというか……。芯がある女の子で、めちゃめちゃ面白い。正直、私は毅と出会った時点で「あれ? これクマ倒したらどうなるんだ?」という疑念は持っていました。そういう人も多かったのではないでしょうか。最後に毅が先の人生の展望を語るシーンで、既に笑いをこらえておりました。

「ダメだ! それ以上は……」
夏子が冷めていくのがもはやコワいです。
結局毅はお預けをくらいまくり、夏子と一線を越えないまま終わってしまいました。男として完全敗北な毅さん……。「秋子を忘れる!」と覚悟を決めていたのに、さっきまでの幸福はどこへやら。ここの三島の描写もヒドイ(いい意味で)
私は途中から「それ以上近づくな! 絶対に捨てられるぞ!」と警告をしておりましたのに……。気の毒と言ったらそれまでですが、最後まで自分を貫く夏子ちゃんの独り勝ちです。こういう結末を持ってくる前に、不二子を通して自分のウィークポイントを知る夏子という過程があったのも非常に面白い点です。
「あ、夏子も成長するのか……」
始めはそう思っていました。恋?のライバルを登場させることで夏子は人間的に成長して、大人になっていく。そういう展開を書き上げたいのではないかと思っていました。実際、夏子が毅を振る結末も頭の片隅にあったものの、前者の正規ルートを進むと思っていたのです。一本取られましたね。
夏子が弱さを知る過程があったことで、ギュッと物語が閉まりました。夏子が普通に自分を貫くだけでは生まれない、味わい深さが生まれました。三島さんは凄い……。こういう物語も書けるのは知りませんでした。
②夏子と時代背景

時代は昭和。いわゆる男尊女卑の時代に「夏子の大冒険」が書かれていたこと。時代柄女性の立場もあまり良いとは言えない中ですが、結局男は今も昔も変わらないのだと思わされました。
「こういう風に振り回されるのも悪くはない……」
そういう性癖に近い場所は、いつの時代も変わらないのです。男性は普段強くてイキっているのに、結局女性に叶わない。少なからず、こういう感情があって書かれた小説なのではないでしょうか。分かっていても騙される、いつの時代も男は馬鹿なのです。
終わりに

夏子の大冒険
私は非常に大満足です。クマとの鬼ごっこも、夏子と毅周辺の色恋沙汰も、それを追っかけるおばさま方も全てテンポよく描かれていて、非常に読みやすかったです。★4.5は今年の個人的最高点。成熟した現代の小説にも劣らない輝きを持っている内容でした。
特に夏子ちゃん、最高です。
最高の物語に出会えました。今回はここまで。ありがとうございました。
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……二人は、どんな肉体的な接触も成就せぬほど完全に、合体していたのである。