太陽のパスタ、豆のスープ(著:宮下奈都)

【あらすじ】
突然結婚を破棄された明日羽。特にやりたいこともなく、30代を前に振り出しに戻されてしまった彼女は、失意の中で日々を過ごしていた。そんな最中、叔母のロッカさんから‘‘ドリフターズ・リスト‘‘(やりたいことリスト)の作成を提案される。半信半疑でリストを消化しようと動き出した明日羽は、本当にやりたいことを探しながら自分を見つめなおす。ーー20代の悩める若者へ送る、心温まる宝探しの物語。
今回は『太陽のパスタ、豆のスープ』のネタバレ感想をお送りいたします。
著者は『羊と鋼の森』でお馴染みの宮下奈都先生。
個人的にはなりますが、つまり私が宮下先生の作品を手に取ったのは約10年振りであったということ。
BOOKOFFでふと手に取った一冊は、現代に溢れる‘‘何者‘‘でもない私たちに向けた物語でした。あらすじを読んで購入を決意し、さっそく読み終えた私の中には、確かな希望の光が灯っていました。
今回はそんな温かな物語をネタバレ有で語ります。
ぜひ、あなたにとっての『豆』を探してみてください。
【今回のお品書き】
・太陽のパスタ、豆のスープネタバレ感想
・明日羽と豆
・印象に残ったフレーズたち
・己の豆を考える。
明日羽と豆

【明日羽と豆】
誰もが抱く『何者かでありたい』という感情を豆に見出す明日羽。
本作、なにより小説らしく面白い点は、喪失した明日羽の空白を埋めようとしたの『豆』であったこと。
夢や希望という抽象的なものが埋める心の隙間を豆と表現していた構図は、この物語を支える根幹だったと思いました。
そして最後に空白を埋めたのは、具体的な夢でもなんでもなく、今まで積み重ねた『ドリフターズ・リスト』。着地も現代人に刺さるような、読者へのエールも含んだものになりました。
私は明日羽が豆を意識した瞬間に、明日羽の抱える想いがグッと身近になった気がしました。
私は男性ですので、ネイルに通ったりきれいになりたいという感情を持ったりすることとは無縁だったことも大きいかもしれませんが、明日羽が『郁ちゃんにとっての豆を探したい』という嫉妬じみた感情を持ったことに共感。
まさに現代が抱える問題の一つを象徴するようなエピソードだと思うのです。
人の幸せが可視化された情報社会において、明日羽が郁ちゃんに抱いた『嫉妬』は身近なものになりました。
誰だって一度ぐらい、誰かの幸せに感化されて焦って勝手に悩む経験があるのではないでしょうか?
私はありすぎました。というか今だってそう。
何度向き合ってもキリがないから、明確に信じられるものを探して何度でも思い出す。
まさに最後の明日羽と同じ状況に至ると思うのです。
そして明日羽が教えてくれたのは、『種(豆)の発芽をじっくりと待つこと』
答えを焦らない。焦って不安を先取りするよりも目を向けるべきことがある。
行動と失敗を繰り返した先で、きっといつの間にか『豆』を持っているから。
印象に残ったフレーズたち

自分探しなんかするつもりはない。自分を探したって始まらない。私には何もないんだから。探すんじゃなくて、新しく付け加えるのだ。そうして、なりたい自分になる。そのためのリストだ【p.174より引用】
自分探しなんて……確かに探したって仕方がない。
私もそう啖呵を切って何度も旅に出たけど、自分なんて見つかったことがなかった。
それでも一回の冒険で何かに小さなことに気づけたり、新しい幸せは見つかったりする。
今私がポジティブにいられるのは、つまりそういうことなのでは……と思った次第。
大事なのは明確なものに手を伸ばすことなのかもしれない。自分だなんて抽象的なものじゃなく、もっと具体的にちいさなものからコツコツと。
そういうことだよね? 明日羽。
がんばっている人のことは素直に感嘆していよう。自分が頑張れなくても開き直らず、卑下もせず、一番後ろからゆうゆうと歩いていこう……私にはその土俵もない。そういうことを隠したり取り繕ったりしようとするから無闇に焦るのかもしれない【p.199より引用】
まさに現代人に必要な自分軸の本質。
決して同じ土俵じゃないからね!っていうのは私も同意見です。むしろ私の強みはそこにあると自分で思っています。
だから、明日羽がそう思ってくれてなにより……と後方腕組み彼氏面。
【隙自語】私も弱い人間だったから、何一つ正面から勝ったことなんてない。後ろから着実に積み上げて、隙間を縫って自分だけの土俵で戦ってきた。正面にいる人たちには未だに批判されますが、人生を幸せレースだとするのなら、私は間違っていないと言ってくれているように感じられました。
また、逆も然り。仮に多数が同じ土俵にいるのなら、理解し合うことが大事。
多数派にいると見失いがちだけど、見て見ぬふりをする方が楽だから、みんな‘‘空気‘‘を理由にマイノリティを排斥しようとする。正義なんて人それぞれなのに。焦って多数派に追いつこうとすると痛い目見ますからね。気を付けましょうね!
『豆を売って利益を得るのは郁ちゃんだけじゃないんだ。豆を買った人にも利益を与えることになるんだな。よろこびとか楽しみだかおいしさとか。考えたこともなかったようなことを考えるきっかけになったり』【p.202より引用】
商売とは何か。サラリーマンには刺さる言葉なのではないでしょうか。
会社のため? それともお客様のため? 自分のため?
逆に自分にしか利益がないものを売るってどうなの? なんて
明日羽ちゃんも同じことを考えていました。
私もサラリーマンなのでしばらく考え込んでしまいました。
自分が携わったお客様が喜んでくれていたら嬉しいななんてね。
『ピンとくるのは最後の一歩っていうか。準備が整ったところでやってくる天啓みたいなものなんじゃない? 準備のないところに突然天啓は来ないだろうし、来ても受けとめられないし。天啓は来なくても、ひらめきがなくても、じわじわ分かっていけばいいんだよ』【p.219より引用】
問いを持てる人が強い。答えではなく。とはよく言ったものですが、答えを探し続けることこそが天啓への唯一の道。
私はこの郁ちゃんの言葉が一番刺さりました。むしろ見つかっていない状態からいいのだと思います。そして最後の一歩で気づくことができる。
そう、この最後の一歩で分かるからという言葉に励まされました。
『今やっていることを辞めちゃだめだよ』
『新しいことに積極的に挑戦しよう』
読者への熱いメッセージだ。
だから私も皆さんも挑戦していることがあるなら諦めちゃいけない。
『……爆発する場合もあるだろうし、入り組んだ道に迷い込んで出られなくなっちゃう人もいる。自分の話を誰かに聞いてもらうっていうのはときどきすごく大事なんだよ』【p.270より引用】
この『ときどきすごく大事』という言葉。
矛盾しているようで矛盾していない。
私も爆発させてしまう方なので、ロッカさんのこの言葉が刺さりました。
『誰かに話しなさい』じゃなくて『ときどきでいい』という言葉に安堵。
ああ、ときどきでいいんだ!
なら全て抱え込まずに頑張ろうかってなる。
たまには友だち、誘ってみよ。
己の豆を考える。

最後に京ちゃんのお友達より『リストは不可能リストである』という逆説的な意見もありました。それはあなたの弱点。本当に守りたいもの大事なことは口に出すべきじゃない。
物語の構造的な話をすると、最後に逆説的な意見を挙げ、ドリフターズ・リストが明日羽の一切れのパンとして胸に収まる構造が素晴らしい。そっと静かに胸に秘め続け、見失いそうになったらまた確認する。大事な自分。そのリスペクトも忘れない結末が凄く好き。
自分のドリフターズ・リストを考えてみると、確かに自分の弱点ばかりが並んでいました。
その先に私の『豆』はあるのかな。
『豆』……正直私も凄く欲しい。
でも、明日羽のような人が大半で。いくらリストを作っても簡単に見つかる物じゃないから。
人生って難しいな。
本当に守りたいものはなんだろう。最後、答えに問いを添えてくれた本作に感謝。
終わりに

太陽のパスタ、豆のスープ
【太陽のパスタ、豆のスープまとめ】
・明日羽の空白に豆が埋まる構図的な面白さ。
・現代人にこそ読んで欲しい『アイデンティティの見つけ方』
・焦らないこと。読者の背中を支えてくれる優しい物語。
ということで今回は『太陽のパスタ、豆のスープ』のネタバレ感想でした。
あなたにとっての豆は何ですか?
本作を読んだのなら分かると思います。
むしろ豆なんてなくたっていい。
そこに変革の意思と行動さえあれば、気づけばあなたの胸で豆が発芽しているだろうから。
今回はここまで。ありがとうございました。
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