【Z世代のための一冊】コンビニ人間(著:村田沙耶香)

大学在学中から就職せずに18年間コンビニでアルバイトを続ける古倉恵子。周りが訴える‘‘普通‘‘に悩まされながら生きてきた恵子だったが、コンビニで働いている時だけは人になれた。人生の半分を小さな箱の中で過ごす彼女にとっての普通とは何か。コンビニで目まぐるしく変わる人間関係の中、彼女は「白羽さん」という人に出会い外の世界を知ることになる。そこで導かれた彼女の答えとはーー
「これが芥川賞かーー」
私がこの物語を読み終えたとき、最初に浮かんだ感想がこの言葉でした。
「コンビニ人間」というキャッチ―なタイトルを一度は見たことある人が多いはず。
私も存在自体は知っていたのですが、今更ながら読んでみると、タイトルからは想像がつかない物語でした(いい意味で)
村田先生が綴る言葉が不気味なリズムを奏で、独特の世界観に浸ることができました。
本作を読めば「どうして芥川賞を取ったのか?」その所以を身にしみて感じることになるでしょう。
一言で表すなら『人々にとっての普通に立ち返る物語』
ネタバレ感想を記しているはずなのに、紹介になってしまっていますね……。
とにかく、たった154Pにぎゅうぎゅうに詰め込まれた魅力と、私が本作を通して考えたことをここで記そうと思います。
【コンビニ人間:ネタバレ感想】
・普通とは何かを考える
・本作はハッピーエンドなのか?
・終わりに
普通とは何かを考える

今作は、人とはずれた感覚を持つ主人公:恵子の一人称視点で語られました。
幼い頃から‘‘普通‘‘という言葉に振り回される恵子。
自分は普通でいるはずなのに、普通であるだけ人が避けていってしまう。
問題を解決したいのに、誰も‘‘普通‘‘とは何かを教えてくれない。だから、全てがマニュアル化されたコンビニの世界に囚われる。
「普通とは何か?」というのは頻繁に論じられる主題です。
この視点をコンビニと結びつける村田先生の目に感心してしまいました。「何目線だ!」というのはひとまず置いておいて、主題に入りましょう。
昨今、Z世代なんて卑下される若者の世界ですが、そんな世界で生きる我々に刺さりすぎる物語ですね。
現代では個人主義の発芽が問題視されていますが、『コンビニ人間』はその問題に対するヒントを持っていると思いました。
人の見方は千差万別。‘‘普通‘‘とは他人の目を借りて見た世界。
恐らく、自分が普通だと胸を張って言える人はこの世界にいないでしょう。
「普通との差」は誰しも抱えるジレンマです。
普通を形作るのが「他人の目」である限り、人は普通と自分との間にしかアイデンティティを生み出せません。
アメーバのように分裂して生み出される生き物だったのなら、そんなアイデンティティは必要ないのかもしれませんが、お生憎と性交を経て生まれてしまう私たちです。
人は絶対に‘‘普通‘‘に追いつくことはできないと言えるでしょう。
生きる時代、地域、少しでも違えば普通は変わります。
私たちにとっては水道水が直接飲めることが当たり前。インドにでも行けば、水道水はたちまち毒に変わるように。
今作の主人公である恵子がいた世界が、たまたま誰かと添い遂げることが普通であっただけなのです。
そのたまたまに昨今の私たちに通ずるものがあるから人気なのだと思いました。
私は、「普通であることが正しさなのか」という点だけは恵子と違う考えを持っています。
恵子と違って、普通に近づこうともしないひねくれ者なのですが、やっぱり不意に空を見上げたときとかに「普通だったらいいのにな」と考えてしまうことがあります。
普通から遠ざかって特別でありたい自分。
だけど、どこかに恵子のように‘‘普通‘‘に安心感を求める自分もいて。
ひねくれ者の皆さんも、そんな対極の自分を天秤に吊るしたことでしょう。
その傾いた方があなたの生き方であり、誰かの生き方でもある。
恵子は最終的にコンビニに戻ることを選択しました。ハッピーエンドなのかバットエンドなのかも曖昧な本作は、あなたなりの生き方を探してほしいという村田先生からのメッセージなのではないでしょうか?
私的には、結局「みんな違ってみんないい」金子みすゞも言っていたことに尽きると思いました。
「ありふれた答えだなぁ」という意見もあるかもしれません。ですが、そんなありふれた答えを、コンビニという数式を借りて証明したことが文学的美しさだと思いました。
そりゃ、芥川賞だ(笑)
Z世代が対面する問題に真っ向から挑んだ作品。
それが「コンビニ人間」
恵子は一度普通という仮面を外したことで、本当の幸せを見つけました。
この辺の物語構造も素晴らしいなと個人的に思ったので後述。
本作はハッピーエンドか?

本作はハッピーエンドである。
というのが私なりの意見です。コンビニを隠れ蓑にして世界から逃げていた恵子が、白羽さんと出会い、一度コンビニから出ることで、コンビニという自分の居場所を改めて見つける。
私的には、この物語構造が本作を推したいポイント。
恵子にとっての答えが、たまたまコンビニであっただけのこと。
本作を簡略化するなら、【囚われる→白羽という王子様との出会い→外の世界を知る→答えを見つける】と凄く透き通った構造です。
歪なところは目をつぶってですけども……。
これは私の受け売りではなく、とある評論から得た考え方なのですが、「物語には文法がある」と言います。法則と言い換えたほうが分かりやすいかもしれません。
例えば物語の主人公は、魔法の杖を手に入れたり、部活に入部したり、ライダーベルトを手に入れたり、普段の自分から遠ざかることで答えを見つけるのが物語のセオリーです。
自分が知らない世界を体験して、元に戻った時に成長しているのが物語の主人公と言えるでしょう。
しかし本作は違います。主人公がすでに完成された幸せを持って始まるのです。
コンビニという居場所を持ってすでに答えと出会ったところからのスタート。
そこで登場する王子様は「元に戻れ!」と引きずり降ろそうとしている訳です。
そして外に出たはいいものの、主人公は塔の中に戻ってしまう。主人公として成長すると見せかけて、しないまま終わるオチ。
結局引っ込んでしまうのです。まるで逆の文法が使われています。
ですが、
・恵子にとって外に繰り出すのは▲
・‘‘普通の人‘‘から見れば外に繰り出す恵子は+
・恵子にとってコンビニに戻ることは+
・‘‘普通の人‘‘にとってコンビニに戻ることは▲
読者の目と恵子の目の二つで成り立つ結末は、絶妙なバランスで成り立っています。
恵子にとってはハッピーエンドに違いありません。
どちらの目線で見るかによって最後の見方は変わってくるでしょう。
終わりに

コンビニ人間
今年読んだ物語の中でも上位の作品。
曲がりなりにも物語を書いている私にとっても気づきが多かったです。
今回はここまで。ありがとうございました。
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