神様のカルテ(著:夏川草介)

地方医療の現場は常に多忙で人手不足。そんな中、長野県松本の病院に務める主人公は手腕を買われ、大学病院での研究を進められる。現場で触れる人の温かさと、最先端技術の探求のどちらを取るべきか。多忙な日常の中でちょっぴり変わった仲間に囲まれながら、主人公は自分なりの答えを探し求める。夏川草介先生のベストセラー小説。
今回は『神様のカルテ』ネタバレ感想です。
現役医師にしか書けない地方医療のリアルを、あなたに。
ただ、医療現場のリアリティもさることながら、個性的なキャラクターとの温かい絡みも魅力的な作品です。夏目漱石に憧れた主人公:栗原一止をはじめとするキャラクターたちの感情に触れながら、私なりに『命を全うすること』とはどういうことかを考えました。
【今回の記事の概要】
①死を看取ることとは
②足もとに眠る宝物とは
③総合点数評価
①死を看取る

生かし方ではなく死なせ方もまた大事なこと。きれいごとだけでは語れない医師の叫びが詰まった一冊だったと思います。
これらの行為の結果、心臓が動いている期間が数日のびることはあるかもしれない。だが、それが本当に、‘‘生きる‘‘ということなのか?【p.212より抜粋】
まさに高齢化という社会問題に真っ向から挑んだ作品です。地方の過疎化が進んだ分だけ地方医療は逼迫してしまうというジレンマ。それに対し、リアリティを持たせた形で解を綴った問題提起に近い着地となりました。安曇さんという患者を通し、たった数日のための延命治療に疑問を投げかかるのです。
『医療の発展は人間にとって幸せと言えるのだろうか』
私はその考えを念頭に置いて読み進めました。死に装束を整える行為を精神面にも適用できるのであれば、その延命は正しいものになるかもしれません。本人に心残りがあるとするのなら、それを尽くすまで延命させてあげるべきだとは思います。ただ、今回の場合は心残りを全て清算し尽している場合です。最後、安住さんの急変に対し静観する選択肢を取った一止に思わず涙がこぼれました(これを書いている間も涙が溢れそうになっている)
『先生……血圧……下がります』
『……いい』
【p.213より抜粋】
延命は本人の意思を尊重して行われるべきで、他人が介入すべきことではないのだと思います。一止のような患者と向き合う心さえあれば、救われる命もある。『医師の仕事は人の命を救うことである』という観念は、医療の発展と共に崩れているのかもしれません。医療の発展と共に負担が増えていくなんて何とも残酷な世界です。医療はまさに天命に背く禁忌術であり、それを幸せと呼ぶべきかは、再考する余地があると思いました。
私は太く短い人でありたい。もしも自分が死ぬなら、延命はして欲しくないと思ってしまいますね。だらだらと引き延ばす行為は、物語を好む我々オタクが一番嫌いな行為ですから。誰も当事者の気持ちなんて考えてないのです。現代社会で生きる全員が、救える命と延ばせる命を混同させないで考える倫理観を養っていくこと。これが医療の発展には不可欠だと思いました。
②足もとの宝物

本作のクライマックス、宵の松本城と共に。
私も松本城へ2度訪れているので馴染み深い。あのアルプスと澄んだ空気と天守の造形美は松本城でしか得られないものだと思います。一止はそこで悟るのです。
足元の宝に気づきもせず遠く遠くを眺めやり、前へ前へとすすむことだけが正しいことだと吹聴されるような世の中に、いつのまになったのであろう。……惑い苦悩した時にこそ、立ち止まらねばならぬ。
【p.245より抜粋】
私は自称意識高い系なので、この言葉が刺さりました。キャリアアップとか、年収とか……成功者の可視化で格差が広がった世界に生きる我々が考えるべき幸福論に違いありません。私なりの見解を述べさせてもらうなら『何のために前に進むのかを常に問い直せ』ということだと思いました。
遠足のおやつ300円で得ていた幸せと同じ幸せを得るために、今のあなたはいくら必要になるでしょう。幸せとは常にアップデートされてしまう消耗品ですから、大人は決して300円じゃ満足できません。幸せは常に‘‘今の自分‘‘が享受するものであり、足元の宝に気づかず前しか向けない人が多いのです。背伸びして高いお酒を飲んだり、高い嗜好品を買ったり。それは本当に‘‘幸‘‘せなのでしょうか?
きっと、前に進んでいたとしても問い続けるべきなのです。
どれだけ前を向いて進んでいても、どれだけ苦しい思いをしていても、その自分に合った幸せがあると思うのです。例えば、一日の食費もない人にとってはコンビニのおにぎりが幸せでしょうし、足を穢して入院していた人にとっては、歩けるだけで幸せであるはずです。
つまり、今の自分の幸せを問い続けることは前に進む活力でもあると言えます。前を見ることが悪いのではなく、前だけを見てしまうのがだめなのです。せかっくの幸せを見過ごすのは、勿体なすぎる。もしも漠然と幸せになりたいという目標があるのなら、他人と比較せず、今の自分と相談してみる。そうすることで既に夢を叶えている可能性もありますね。
私も将来の自分に傾倒して、今の幸せを見失いかけていた節がありました。だからこの言葉凄く刺さりましたし、今一度今の自分にとっての幸せを考えるきっかけとなりました。小さな幸せを拾い上げ前に進み続ければ、なりたい自分にもなれるし、幸せな自分にもなれる。
終わりに

・逼迫する地方医療のリアル。
・延命と救命を混同して考えないこと。
・何のために前に進むのかを常に問い直せ
今回は『神様のカルテ』ネタバレ感想でした。
ベストセラーに相応しい、優しい物語とリアルな医療描写。それに考えさせるテーマ。自分にとっての幸せを考え直すいいきっかけになりました。
神様のカルテ
また、もっと高齢者医療について思考を巡らしたい方は、夏川草介先生の『勿忘草の咲く町で』もおすすめです。同じく長野を舞台とした地方医療のリアルが描かれています。
今回はここまで。ありがとうございました。
【関連記事:勿忘草の咲く町で感想】
【知ることと幸せの相関】
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