ホテルローヤル(著:桜木紫乃)

【あらすじ】
『ホテルローヤル』は、かつて釧路の湿原を背に建てられたラブホテル。バブルもバブルの時代に建てられたこのホテルは、今では廃墟に成り下がり負の遺残となっていた。ヌード写真を撮るカップルや檀家のために体を捧げる婦人など、そこには途方もない人間ドラマが隠されているーー7つの短編からなる『第149回直木賞受賞作品』
今回は『ホテルローヤル』のネタバレ感想になります。
たまたまBOOKOFFで手に取った一冊でした。私にはあまり縁のない世界だなと始めは敬遠していましたが、調べてみれば『直木賞を取っているではないか』と思い、読んでみました。
結論から言うと、男女の交わりに縁がなくても、心に刺さるものがありました。
日本独自の文化であるラブホテル。かつては連れ込み旅館と言ったらしいですね。
今じゃどこでも見ることができるラブホテルは、ただ男女が交わるだけの場所じゃない。染みついた濃密な匂いから漂うのは、どうしようもない人間の秘めたる心そのものである。
今回はラブホテルとは縁のない私が『ホテルローヤル』の感想を綴ろうと思います。

あくまで想像の世界なので悪しからず。

弱者男性め……
【今回の記事の概要】
・『ホテルローヤル』ネタバレ感想。
・①地方経済の発展と衰退の様。
・②非日常と丁寧な日常描写。
発展と衰退の様

物語は『ホテルローヤル』が廃墟になったところから始まりました。
まず7つの短編をざっくり振り返ります。
①廃墟になった『ホテルローヤル』でヌード写真を撮るカップル。
②営業中の『ホテルローヤル』にて檀家と体を重ねる婦人。
③閉業する「ホテルローヤル』にて創業者の娘が大人のおもちゃを引き渡す。
④営業中の『ホテルローヤル』にて日々のストレスを発散する貧乏夫婦。
⑤釧路へ向かった生徒と先生。
⑥『ホテルローヤル』に雇われている掃除婦。
⑦『ホテルローヤル』のはじまり。
物語は終わり→始まりの流れで幕を閉じます。
この点は本作の大きな特徴の一つでしょう。
初めに廃墟として見せることで、謎やからくりを提示し、徐々に開示していくスタイル。どこまでも日常的でありながら中だるみしなかったのは、この小さな工夫があったからだと思います。
例えば心中の真実、使いっぱなしのベッドなど。
『そういうことだったんだ』という新たな気づきの連続で、あっという間に読み終えてしまいました。全編が物語の縁で繋がっているような構成で、短編集が苦手な私でも読みやすかったです。
特に、最後を夢と希望に満ちた話で落とすことで、途中の重苦しいエピソードたちが際立ちます。時代が始まって終わる隆興のサイクルを端的に表現できていたと思います。
時代の流れとホテルの隆興の重なり。私は非常に気に入っています。
どうしようもないぐらい大きな夢と希望で始まったラブホテル。
日常に疲れた人たちが、あるいは何か秘密を抱えて生きる人が集まり心を満たすための場所として機能していましたね。直接的な絡み合いに使用されつつ徐々に衰退の一途を辿っていく。
心中を経て最後に残ったのは、直接的な行為ではなく、ヌード撮影という間接的な行為であり、ラブホテルが心の隙間を埋めた訳じゃない。
何となく現代の価値観に通ずるものがあると思いました。
直接的に消費する必要がなくなった現代。私も人を患わしく思う性格のため、‘‘間接的‘‘に済ますことで満足している人間です。特に人の幸せが可視化されたことで、承認欲求を軸に幸せを探していく羽目になる。そこにはどうしても寂しさが残ります。
日常の小さな幸せに価値を見出し、苦しくても懸命に生きた時代が終わろうとしている。あるいは終わってしまった。作者はそんなノスタルジックな感情をラブホテルの隆興にみいだし、本作を書き上げたのではないでしょうか。
実際に親がラブホテルを経営し、間近で見て来た作者だから書ける作品です。
直接的に心の隙間を埋めて来たラブホテルは役割を終え、釧路の衰退とともに、廃墟として間接的に咀嚼されるようになる。貧しくても夢と希望と欲に忠実だったあの頃を、私たちは思い出す必要があるのかもしれません。そこに自分だけの幸せのヒントが転がっているかも。

読んで思ったけど、ラブホテルは必要産業だよね

本当の意味で自分をさらけ出して分かり合うこと。恥ずかしいけどそういう原始的な営みも悪くないのかもしれない。ラブホテルが無くなったら、人はいづれ承認の波に押し流されてしまう……

弱者男性め……分かったから落ち着け
非日常と丁寧な日常描写

ラブホテルは非日常です。
それは誰しもが理解しているとは思いますが、特に釧路の湿原に立つ『ホテルローヤル』は非日常として際立っていました。
生活に溶け込む非日常を際立たせていたのは、丁寧な日常の描写。
これはあとがきの解説でも書かれていたことでした。私も同じように思ったのでここに記します。
ラブホテルという非日常を構成した皆が主人公。
お客さんも経営者も従業員も。
ラブホテルを非日常にするのは、その隠れ家的なロケーションではなく、人々の想い。
愛したい、愛されたい、満たしたい、寂しい……
など全ての感情に寄り添う丁寧な表現。例えば「バブルバス」における、『五千円あれば子供と1200円の定食で腹を満たせる(正確じゃないけど)』という描写。日常にリアリティを持たせ、その非日常に賭ける想いと対比されることで、初めてラブホテルという場所に役割が生まれるのです。
冗長な表現を使わず端的に表現したことで、スッと日常が浮かび上がる。
そんな日常を忘れ非日常に溺れたのなら。人は何者になって出てくるんだろう。
私は越えたことがないから分からないけど、きっと少しばかりの寂しさを携えて、また日常の中で戦っていくのだと思う。
終わりに

【ホテルローヤルまとめ】
・日本の経済成長とラブホテルの隆興を重ね合わせた名作。
・ラブホテルの価値と、その中にある幸せの再発見。
・ホテルローヤル
今回は『ホテルローヤル』のネタバレ感想でした。
非常に読みやすい物語ではありますので、直木賞を取ったことも納得です。
今回はここまで。ありがとうございました。
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